今日の一曲 No.89:武満徹 編曲 『ギターのための12の歌』から「Yesterday(John Lennon & Paul McCartney)」(村治佳織(ギター))

「今日の一曲」の第89回、ご紹介する89枚目の盤で、ついに「ザ・ビートルズ(The Beatles)」の楽曲が初登場します。

これまでに88曲をご紹介してきましたが、この中にビートルズの楽曲は一曲もありません。何故か?・・・今回、その理由についても初めて明かします。

それと、前回のときに話題にしたメンターをもつことに関連して、音楽分野のメンター探しに、周囲の方々からのアドバイスも受け、ホント、本当~に、あえて絞り込んでみて、ここ2週間ほどは集中して、「忌野清志郎」、「武満徹」の両氏について様々辿って勉強させていただいておりました。

今回は、このあたりのことにも触れて語らさせていただくことになろうかと・・・。

ーーーーーーーーーーーーーーー

来たる5月には自らプロデュースするライヴ「教育を語りあおうよ音楽 Cafe-Barで」があって、これにも備えて、昨年の秋から年をまたいで今年1月末くらいまでの約4ヶ月間、このブログさえも放置してある作業に集中させてもらっていた。・・・それは、日本の子どもたちの教育について愛間純人なりに理論と実践を探求してきた成果を資料にまとめあげる作業で、「第1編」と「第2編」に分けて編集、両編あわせてB5版用紙で120ページほどになる資料になった。

(詳しくは、このホームページ「子どもたちの自立力育成を探求して」のページで)。

 

この間、まぁ~、部屋に引きこもる日がなんと多かったことだろう。

でも、作業そのものは曲創りをしているときとは全く違うのだけれど、「引きこもり」も、「弾きこもり」も、没頭している感と冷静に一歩退いて眺めてみる感の反復の思考状態は、両方とも、とてもよく似ているなぁ~と思いながらで、心理的には心地いい感覚で作業を進めることができた。

 

<少々?話が飛び散らかるかも知れないなぁ~>

 

唐突に違う話題へと一旦なるのだけれど・・・、この「今日の一曲」シリーズをお読みいただいた方から、

「アナログ・レコード盤の紹介は想い入れが十分に詰まった話が語られているけれど、CDの紹介のときは少し冷めた目線であったり残念そうに語られていますよね・・・」

といった類の感想がこれまでに幾度となく寄せられている。

これに、

「そんなこともないだろう・・・」

と、反論するほどの確信はないので、自身でもそうであるかも知れない・・・と、少し、少し、思っている。

 

が、この資料の作成中の引きこもり作業では、CDは欠かせなかった。

何故か?って・・・

考えるほどのこともない・・・はずではあるのだけれど、「今日の一曲」を書き始めた頃はアナログ・レコード盤にA面とB面がある話や、レコードプレーヤーに盤を置いて針を乗せる説明も所々挟まなければならない、そんな時代になっていることを思い知らされた。

その経験から、ここで念のために申し上げておくのだが、CDであるなら作業の手を止めずにそのまま部屋に音楽を流し続けておくことができる、が、アナログ・レコード盤は20数分おきに盤を返して針を乗せなければならない、・・・つまり、こんなときは断然、CDの方が便利なのである。

 

ただし、どうやら、作業内容や進行状況に応じて、それぞれの作業を効率良くしてくれる音楽とそうでないものが存在する。こんなことを数ヶ月も繰り返していると、更に、どんな作業の状況においても助けてくれる音楽も存在する・・・などにも、気付いてしまうのだった(笑)。

 

「ながら学習』や『ながら作業』については、脳科学的あるいは心理学的には、やはり賛否両論あるようだが、難しく考えることなく、効率が悪いと感じれば音楽を変えてみるか、停めればいいというだけの話ではないか・・・と思う。

 

ちなみに、この4ヶ月間では、どんな作業の状況でも助けてくれた音楽は・・・、第15回(2016/12/29)で紹介したバッハの無伴奏チェロ組曲などバッハの作品が幾つかある。

 

それともう一つ・・・

 

今回の作業中、たいへんお世話になった盤だと言っていいだろう・・・、

ギターリスト村治佳織(2曲だけ共演でドミニク・ミラーも)の演奏が収録されている、「Transformations」というアルバムタイトルが付いたCDだ。

2004年5月27日~31日に、サフォーク、ボットン・ホールで収録したと記されている。

が、村治佳織さんのギター演奏もさることながら(・・・申し訳ない、村治佳織のギター演奏を軽視しているわけではないのだけれど)、この盤を手にしたは「武満徹」の作品が収録されていたからである。

 

このCDには、武満徹作曲のギター曲「すべては薄明のなかで」、映画音楽としてのオリジナル作品「ヒロシマという名の少年」と「不良少年」、そして、「ギターのための12の歌」という日本でもスタンダードとして大衆が自然と耳にして聴き馴染みのある音楽をギター・アレンジした小曲集、これらの武満徹作品が収録されている。

 

武満徹の音楽とは、その出会いは19歳~20歳の頃で、その頃は主にオーケストラ演奏による現代音楽作品に関心をもっていて、特に20歳代にこれらの音楽を頻繁に好んで聴いていた(詳しくは、今日の一曲 No.13:2016/12/27に記載、今日の一曲 No.63:2018/01/02に記載)。ただ、ギターのための作品については殆んど知らないまま、ここでご紹介のCDと出会う前は、ここ最近の3〜4年くらいの間で少し知るようになった程度であった。

 

 <またもや話が飛び散らりそうでもあるのだけれど・・・>

 

ここでまた、メンターの話が絡むのではあるが(前回の 今日の一曲 No.88:2019/03/17の記載より)・・・、

私と長く友人でいてくれている人、そして親しくさせていただいている音楽仲間に尋ねながら、音楽分野におけるメンターの存在について交わしているうちに、この方たちから多分なる情報提供もあって、私なりに何んとかまずは二人に絞り込んで特定なる人物を見出した。

それが、「忌野清志郎」なる人物であり、「武満徹」なる人物である。

この2週間ほどは、お二人に関する書籍を読み込み、ネットからも、それぞれの方について詳しく語り述べられているサイトを視たり、動画サイト等を含めてあらためて彼らの音楽を聴いたりして・・・、それは自身で所有している盤があればこれらについてもで・・・、まだまだ深いところまでには至っていないのだけれど、勉強させていただいた(今現在も続いている)。

 

そうこうしているうちに、ある日のそれは言わば封印してきたかのような記憶と、今回たいへんお世話になったCDに収録された武満徹作品とがいつのまにか自然に相まって、その封印してきたかのような記憶をどうやら和らげてくれていたことに気付かされるのだった。

 

「イエスタディ」。

 

「今日の一曲」シリーズは、これまでに88枚の盤を紹介してきて、それぞれの盤に収録された一曲を取り上げてきたわけだけれど、ここに「ザ・ビートルズ(The Beatles)」の楽曲は一曲もない。

 

その理由はたった一つだ。

中学生時代の友人(…と私は思っていたのだったが)の一人が、高校に入学して間もなくの頃に自殺をした。帰らぬ人となった。中学生のとき、その彼の家に遊びに行くと大抵は、ビートルズのアルバムを、もちろんLPレコード盤のものを聴きながら過ごすのが恒例のようになっていて、ビートルズの音楽はもっぱらこの彼の家の彼の部屋で聴くという情景とがセットになっていたのだ。彼がこの世を去ってから、ビートルズの曲を自ら聴こうということは無くなった。できなくなった。そして、その呪縛?からきっと解き放たれていない自分がまだ存在していると、・・・つい一週間ほど前までそう思い込んでいたのだった。

 

3年前か、もう少し前か、テレビで、ギター曲もしくはギターリストを特集した音楽番組だったように記憶しているのだが、その画面を熱心に眺めるでもなく、ただ何となく画面に流れてくる画像というより音を時折確かめる程度でその場に居た。が、しばらくすると、それは一時、ほんの一時だけ、先ほど書き記した呪縛?から解き放たれるような感覚を初めて導いてくれた。

 

「イエスタディ」。

 

ギターの調べに乗っかった「イエスタディ」だった。

その響きは、その音の重なりは、もう何の言葉をどう用いても、今、ここに表すことができない音たちだった。このときのギター奏者が誰であったのかも憶えていないほど・・・、音だけがただ、ただ届いてきた。

それは一瞬、ある一時だけ解き放たれた感覚、そして救われたような思いになる「イエスタディ」で、たった1本のギターから発せられた音たちだった。

 

同時に、何十年もの時を経て、ようやくビートルズの楽曲をじっくりと聴くことができた、ほんの一時でもあった。いや、ビートルズを聴いた感覚ではなかったのかも知れない。やはり、ギターの弦がつま弾かれて奏でるその音を聴いただけであったのかも・・・。

 

<おお、少しは話がもとあったところへ戻ってきた感じ・・・>

 

この「イエスタディ」が、武満徹編曲「ギターのための12の歌」の一作品であると知ったのは、この少しあとになってからだった。この出来事以後、この武満徹編曲の「イエスタディ」が収録された盤を探すのだけれど、それはまた更に数年の期間を経ることになった。そう、いまひとつ積極的にというのでもなく、何となく・・・見つけられたならなぁ~といった程度で、それは自ら内にある何かを閉じ込めて揺れてしまいそうな感情を抑えようとする無理を抱え持ったままであったのだと・・・現在から振り返ると、そう思う。

ところが、昨年の秋、ちょうど資料作成に集中的に取り組み始めた頃のこと、・・・こう言ってはなんだが、たまたま、ある駅の駅ビル内のフロアーに並ぶCDショップに立ち寄ったところ、CDラックをなめる程度に眺めていただけで偶然にも出会ってしまうのである・・・これが今回ご紹介している「今日の一曲」89枚目の盤というわけだ。

 

このCDでは、「ギターのための12の歌」からは、「イエスタディ(Yesterday)」の他に、「ヘイ・ジュード(Hey Jude)」、「ミッシェル(Michelle)」、「ヒア・ゼア・アンド・エヴリウェア(Here There and Everywhere)」といった同じく「ザ・ビートルズ」の曲が並ぶ。ビートルズの楽曲以外では、「オーバー・ザ・レインボー(Over the Rainbow)」と「ロンドンデリーの歌(Londonderry Air)」が収録されて、12曲のうちの6曲が選曲されている。

 

さて、資料作りと、これに併せて進めていこうとしている「教育を語りあおうよ音楽 Cafe-Barで」という企画は、これまで13回に渡って行ってきた「ほっと楽しやハートライヴ」とは少しばかり立ち位置の違うところでの音楽活動だ。それはあらためて、この為に覚悟して踏み出したことではあるのだけれど、ここでの4ヶ月間の「引きこもり」作業も含めて、企画の準備を進めていく過程では、もしかするとそのまま放置したままでいたなら、自覚する以上に、また無自覚なまま、心身の緊張を連続的に強要させられるものであったのかも知れない。

それを、武満徹のこれらのギター作品が、あの日に初めて聴いた「イエスタディ」ほどではないにしても、少しずつ心の奥どこかを解放し、解いてくれていた。・・・もしかしたらだけれど、あくまでも、もしかしたらだけれど、ビートルズの楽曲を聴くという行為も、時間を掛けて資料を作成していくことも・・・。

 

あの日、武満徹の編曲であったからこそ聴くことができた「イエスタディ」・・・全てはこの一曲から始まった。それは、あの日その時点では一瞬で一時のある呪縛めいたものから解放してくれるものに過ぎなかったのだけれども、更に時が経過して、今また、もの好きにもメンターの存在を考えてみたり(笑)、そこから自身を顧みるなどの時間とも交差して、これまで超えられなかった何かを超えさせてくれたようにも思えてくる・・・そんな機会を与えてくれた一曲であったのかと。

 

ん〜・・・、これまでの「今日の一曲」のなかでも、最も話題に落着きがなく、あちらこちらへと飛んでばかりの散らかしっ放しになってしまったような・・・。それでも、この一曲にある…あれもこれもを語りたかったのだよぉ~。

ともかく、武満徹編曲「ギターのための12の歌』から「イエスタディ(Yesterday)」を、村治佳織のギター演奏とともに収録したCDをご紹介しつつ、間接的に「ザ・ビートルズ(The Beatles)」への思いと記憶・・・など、様々語らせていただいた。

 

えっ? 忌野清志郎について殆んど語られていないって?・・・それはまたにしよう(笑)。