今日の一曲 No.103:バルトーク作曲「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」(レヴァイン&シカゴ交響楽団)

久しぶりの「今日の一曲」シリーズなりますが、その第103回になります。

さて、11月に入って再びチャレンジしていること・・・それは音楽活動と共にもう一つのライフワークで、日本の子育て・教育について提言を述べた「子どもたちの自立力育成を探求して」という資料の作成です。ちょうど1年ほど前に完成させたその「第1編」と「第2編」に続いて、現在、「第3編(完結編・未来を想って)」を執筆・作成しています。完成は早くても来年の夏頃になるかと・・・。こうした作業が続く中、行き詰ってしまったとき、脳みそをリフレッシュしたいとき、休憩を採りながら聴きたくなる音楽というのが私の場合は、これまでの「今日の一曲」でもご紹介してきたように、クラシック音楽の中でも最も古典の部類とされるバッハの作品などバロック時代の音楽か、そうでなければ、20世紀以降のストラビンスキーやコープランドあるいは武満徹といった作曲家たちの現代音楽などと称される類の音楽になります。

今回、103枚目にご紹介する盤とそこに収録された一曲はその20世紀以降の作品で、いま当に一息ついて頭の中を空っぽにしたいときに聴く音楽です。では、いつものように諸々語りながらご紹介しましょう。

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《イントロダクション》

 私の音楽との関わり方については、「今日の一曲」シリーズの初期の頃から度々お読みいただいている方はもうお分かりかと・・・。が、そうでない方も、最近のブログから「今日の一曲」の第101回(2019/07/29の記載)と第102回(2019/08/20の記載)をザックリとでもご覧いただくことで、おおよそ、その様子は理解してもらえるかと思う。

ただ念のため、それらの一部分をここにも記載させていただくと・・・、クラシック音楽と呼ばれる中でも20世紀以降の現代音楽などの作品にハマり始めた最初は20歳前後の頃。切っ掛けはストラビンスキーの作品(「春の祭典」や「火の鳥」)だった。それ以来、20世紀以降でも私自身がまだ生まれていなかった1920年代~1950年代の作品、それと、自身もまた多感な時期にあった20歳頃からそれ以降に創られた1980年代の作品を聴くようになった。社会人になってからは日本人の現代音楽作品にもハマって、特に武満徹の作品についてはこの「今日の一曲」でも度々ご紹介させていただいている。

 

《本題》

これもまた大学生時代のことだ。木造モルタル造りのアパートの4畳半一間の部屋で、日曜日の割とたっぷりと寝坊した朝に、お決まりのように聴いていたFMラジオからだったと思う。

「バルトーク・・・ん?」

「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽?・・・へぇ~」

といった程度の薄っぺらい認識でしかなかったのだけれど、それでも、きっとこのときも、我が身の正面70~80cmほど離れたところにラジカセを置いては正座したそのままの姿勢を保って(畳の上では正座して座るのが一番楽なのだよ)、バルトークなる作曲家のその作品をじっくりと聴くために備えていたはずだ・・・これが習慣になっていたから。

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(この演奏を聴いたときの以下の表現には、実際のところ、その後何回かこの曲を聴いたときの記憶・印象も一緒に混じり合っているかとは思うけれど・・・)

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聴こえてきた音たちは、静かに妖し気に始まると徐々に激しさと大胆さを増してそのうち強烈なエネルギーをもって迫ってくる。その静けさと激しさは幾度となく繰り返されるけれど、繰り返しながらも第1楽章から第4楽章までの4つの楽章をそれぞれに少しずつ色を変えて進行していく。が、そこには常に繊細さと危うさが潜んで次々と予測不能な音と響きを放ち続ける。そして、終演まで止むことのないそれは、耳に残る余韻にまで強く印象付けていった。

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誰が指揮者でどこのオーケストラの演奏だったのか・・・、そんな記憶は全く残こっていない。

「バルトークかぁ、面白すぎる!」

もう、ただ、ただ、それだけを記憶している。

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時はここから7~8年ほど経過してのこと。

第101回のなかで記したように、社会人として私も少しは我が身に少々自身がもてるようになっていた頃のことで、その当時は指揮者であるショルティの指揮法と、そのショルティとシカゴ交響楽団が組んだ演奏に強い関心をもっていた。

そのショルティを追いかけているうちに、バルトークについても少しずつ彼の生涯と作品にある背景を知るようになった。・・・というのも、ショルティはハンガリー出身の指揮者で、同じハンガリー出身のバルトークからも直接ピアノと作曲を師事。亡命先のアメリカで亡くなったバルトークの遺骨を故郷ハンガリーの地に帰すために先頭に立って尽力を注いだのもショルティだったという。

 

バルトークについてもう少しだけ触れておくと(ただし蘊蓄を語れるほどのものは持ち合わせていないけれど)・・・

第一次世界大戦後のヨーロッパ諸国もそれはハンガリー国内も不安定な情勢にあった。そんな難しい状況のなか、何とかハンガリーに留まって音楽研究と作曲活動を続けていたバルトークではあったのだけれど、この頃にもっとも数多くの曲を創り上げている。その後、第二次世界大戦中はナチス・ドイツから逃れるためにハンガリーを離れてアメリカに亡命するも、アメリカでの生活とその環境はバルトークを困難と苦境へと追い込むものでしかなかった。更には白血病という病までがバルトークの身体を蝕んでいった。

貧困と病によって死の淵にいたバルトークを救ったのは周囲の数少ない友人と彼を慕う音楽家たちだった。バルトークは経済的な支えと音楽活動の機会を得ながら、「管弦楽のための協奏曲」を書き上げ、1944年12月1日、カーネギー・ホールでの初演を成功させた。翌年の1945年に64年間に渡る生涯を閉じた。

話はアメリカに渡る前の故郷ハンガリーで暮らしていた頃に戻るのだけれど・・・当時のバルトークは、国内の少数民族も含めてハンガリー国内で継がれてきた民族音楽などの採譜・研究にも力を注いでいた。それ故、バルトークの音楽というと、民俗的な要素と彼自身が追究し続けていた先進的な作曲技法(印象主義や十二音技法など)とが複雑に絡み合った難解な音楽がその作風とされる。が、1930年代になると、その彼ならではの色濃い複雑で難解な音楽の中にも、ヨーロッパの古典的書法を取り入れた作品が生み出されるようになったという。

 

ここでバルトークに関する私的な感想を挟ませていただくと・・・

確かに、学生時代にアパートの4畳半一間の部屋で初めて聴いた「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」も様々な技法を駆使した難解な音楽には思えるのだけれど、古典的な音楽がもつ安心感や安定感を感じさせる音と形式も僅かながら要所要所で感じられる。ただ単に真っすぐ前だけを見て突っ走るのではなく、歩んできた足跡もその足元も見つめて、それを決して軽んずることなく心の奥に刻みながらその先の道を切り開こうとしいる、そうした音に思えてくる。そう、この作品も1937年1月に発表された作品だ。

これに関連して少々余談めいた話を持ち出せば・・・

大きな戦争によって常に苦境に立たされながらも前進し続けようとしたバルトークが、様々な音楽要素と作曲技法を用いて創り上げていった作品のこれらに込めたメッセージというのは、国こそ違えど偶然にも同時代を生きたスペインの哲学者オルテガ・イ・ガセットの著書「大衆の逆襲(1930年に刊行)」に書かれた社会や大衆に向けて発した警告と似た思いも含んでいるのではないだろうか・・・と、思ったりもする。・・・深読みし過ぎかな(笑)。

(例えば、これまでの国家間や世界規模にまで及ぶ戦争(他にも科学や技術発展による急激な社会変革の脇で起こる歪みなども含めて多岐に渡ってあるのだけれど)、これらは時の権力者だけの仕業ではない。根源的には、無責任さと興奮状態で視野を狭くした・・・ただ前のめりになって突き進んでしまった社会や大衆が引き起こしたと言える。このことを大衆は理解し得ていない。・・・などを一部に意として、社会・大衆に向けて警鐘を促した歴史学的かつ社会学的哲学書。)

 

さて、私にとってこの作品「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」も、学生時代に出会って以来、社会人を経ていくうちに大いに興味の対象となっていった楽曲の一つと言っていい。もちろん先述した通り、ショルティの指揮法を追いかけているうちにそうなったのだけれど、この曲を聴く度にそれは少しずつ我が身と我が脳の深いところにまで染み入ってくる音楽となっていった。

また私自身が歳を重ねていくうちに、この作品を通して徐々に感じるようになったことがある。それは・・・この作品は題名そのままに、バイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバスといった弦楽器群、小太鼓、中太鼓、大太鼓、シンバル類、木琴、ティンパニといった打楽器群、ここに、ハープ、ピアノ、チェレスタという楽器を加えて編成がされている。あまりにもユニーク過ぎる楽器編成だ。この楽器編成を意識した上で実際に何度も聴いてうちに、これも多分に私個人の思い込みでしかないのだろうけれど、この作品を創作していたこの頃のバルトークが最も楽しそうに作品創りをしていたように思えてならない。世界で起こる戦争や不安定な国内情勢、自身の生活や命にまで降りかかってくる恐怖、が、これらに縛られまいとする強い覚悟のもと、自身が表現したい音楽だけを求め続けて、ただここだけに集中して音楽を創り上げていく、そんな彼の姿が想像される。

 

これだけ語れば、「今日の一曲」の第103回としてご紹介するその一曲とは?

もうこれしかない・・・、バルトーク作曲、「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」だ。

 

そこで、ご紹介する盤もショルティとシカゴ交響楽団による演奏の盤を・・・と、そうであれば最高だったのだろうけれど、ん~残念、この盤は持っていな~い(涙)。

もちろん、ショルティとシカゴ交響楽団による演奏を録音したLPレコード盤はこの世に存在する。

で、なぜ持っていないのか?・・・その理由やら言い訳を書き並べたい気もするけれど、これも長くなりそうなので今回は止めておこう。

 

では、今回、103枚目にご紹介するその盤とは・・・

ジェイムズ・レヴァイン指揮でシカゴ交響楽団の演奏を1989年6月にシカゴで収録した盤で、1991年にはレコード・アカデミー賞を受賞した盤、・・・そのリマスター盤CDだ(汗)。

ショルティと共に歩み、バルトーク作品を演奏することもまた幾度も重ねてきたシカゴ交響楽団ならではの経験と演奏技量を、指揮者として成熟し始めてきていた当時のレヴァインが自身のエネルギーを最大限に注ぎ込んで、シカゴ交響楽団のこれを完全に近い状態で引き出している、そんな演奏をこの盤は再現してくれているかと思う。それはバルトーク自身が意図した音を、この「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」という楽曲がもつユニークな楽器編成が起こす響きもそうで、そのすべての醍醐味を十分に味あわせてくれる、そう思う。・・・少々持ち上げ過ぎかな(笑)。

 (*ただし、指揮者のジェイムズ・レヴァインなる人物のその人としての行為については一部たいへん残念でならない、と申し上げておく。)

 

そして、ここから聴こえてくる音たちが、いまは、資料原稿を書き続ける作業の間で少々疲れを感じて働きが鈍くなった私めの脳みそを、ほんの一時解放してくれる。

それはまた時折、「無」に近いような空間へと誘ってもくれるのだ。学生時代に初めて聴いた音たちと同じであるはずなのに、それとはまったく違う世界が聴こえてくる。そう、聴いている私の方が変わったのだなぁ~と、自覚させられる時間でもある。

 

「今日の一曲」の第103回は、バルトーク作曲、「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」を、ジェイムズ・レヴァイン指揮でシカゴ交響楽団による演奏を収録した盤と共に、諸々語らさせていただいた。

さあ、資料作りの作業も再開だ!