
「今日の一曲」の第76回です。
76枚目にご紹介する盤は、久し振りに80年代「J-POP」(当時は「ニューミュージック」と呼ばれていた)の曲を収録したLPレコード盤からです。
この季節はあまり好きではありません。花粉症・・・いやいや違います。別れ(前回のとは違う意味で)がどうしてもあるからです。では、いつものように諸々書かせていただこうかと・・・。
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1980年代、角川映画作品が勢いを増してきていたことくらいは高校生から大学生の大して思慮深くもない若ゾウでも感じていた。
そして、相対する二つの言葉をタイトルにした映画がヒットした。
薬師丸ひろ子さん主演の映画、「セーラー服と機関銃」だ。
この映画のテーマ曲として、薬師丸ひろ子さんが歌った「セーラー服と機関銃」は、1981年当時のヒット曲にもなった。
これはこれで好い感じ・・・。
ところで、部屋のレコードラックから取り出した一枚のLPレコード盤は、作曲・歌が「来生たかお」、作詞が「来生えつこ」で、二人の姉弟を前面に出したアルバム「夢の途中」(上の写真)。
そのB面の1曲目に収録されているのが、「セーラー服と機関銃」と同じ曲で、正確には歌詞の一部分が異なるのだけれど、「夢の途中」というタイトル名がついた曲。
唐突ではあるけれど・・・、
この季節はあまり好きではない。
それは新たな出会いも予感させてはくれるけれど、去っていく人の背中を見送ったり・・・それは門出を祝うことであっても、または、この場所から離れざるを得なくなって見送られたり・・・それは自らの選択や決断であっても・・・。
何日間でも、何カ月間でも、何年間でも、・・・少々のわだかまりや不都合があったにしても・・・、それどころか、運よくも、共感し合える時を数多く分かち合えた仲間がいた場所であったなら・・・、別れ、その瞬間には、寂しさを感じる。
だから・・・、
この季節はあまり好きではない。
・・・などと書きながら、81年当時、学生だった若ゾウは鈍いほどにそんなことは感じることもなく過ごしていたような・・・。
中学生のときも、高校生のときも、大学生のときも、卒業式という場で、両隣で瞼を熱くして頬を濡らしている級友たちの姿は認めるものの深くは共有できないでいた。
「夢の途中」の冒頭の歌詞を想い出して、なんとか、その寂しさのうちの数パーセントだけでも「清々しさに取り替えよう」なんて、そんなことを始めたのは社会人になってからだ。
おそらく、本気で責任を背負ってまでもその場に立ち続けるようになったのが社会人になってからだった・・・ということなのだろう。
度々これまでも、この「今日の一曲」で書かせてもらった社会人1年目の理不尽な体験は、現在から振り返ってみても一瞬とは言え、怒りや悔しさが湧き起こるほどの出来事だったのだけれど、もしかすると、この体験も、ある意味では必要な出来事だったのかも知れない・・・と思えてくる。
「痛み」は、ときには、「心の豊かさ」や「強い覚悟」をも育んでくれるのかも・・・? まあ、よくは分からない。
こうして社会人になってから数々の別れと出会いを繰り返すようになると、その度ごとに、「寂しさ」に対して心の針はしだいに大きく振れるようになっていったことは、でも、確かだ。
最近は、オジさんともなると涙腺までもがゆるくなって・・・(笑)。
自ら去る側であっても、ましてや、他人の背中を見送る側になってしまったのなら、それはそれは・・・たまらない・・・のだよ〜ォ(泣)。
あのやや単調気味な分散和音のイントロを鳴らして、覚悟をするように、ほんの少しだけ強いリズムで刻むイントロへと繋いでいく・・・。
♪
さよならは別れの言葉じゃなくて
再び逢うまでの遠い約束
・・・
・・・
抱いていたいけど
・・・
想い出に替えて
・・・
かがやきに替えて
・・・
ただ心の片隅にでも
小さくメモして
♫
胸裏でそっと口ずさむ。
こうして、今年のこの季節もだ。
「寂しさ」を数パーセントだけでも「清々しさに取り替えよう」と・・・きっと、するのだろう。
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