「今日の一曲」の第69回になります。
今回は(も?)時系列的に、あちらこちらへと時代を行ったり来たりになるかも知れませんが、ご容赦のほどを・・・(汗)。
では書かせていただきます。
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大学生時代、木造アパート4畳半一間の部屋を借りていた。その部屋から50歩も歩くか歩かないところに、値段も安くて食べる量としても十分のメニューが揃った食堂があった。中華のメニューが中心で特に焼き餃子は絶品で、他にも、ハンバーグ定食や生姜焼き定食、焼き魚定食などもあって下宿する学生たちに合わせたメニューも多い・・・が、それだけではない居心地の良さもあってここには通った。自炊を断念した平日の夕食、日曜日などの休日の朝食兼昼食はここでほとんどを食した。
ある日の夕食どき、同じ大学の先輩と(第10回に載せたハーブ・アルパートのLPレコードを聴かせてくれた人)この食堂に入った。
「いらっしゃい!」
元気なオバちゃんの声が迎え入れてくれる。
中学生と高校生の二人の娘さんがいるというオバちゃんは45歳前後くらいだろうか・・・、威勢の良い声とはギャップがあって、割りとスラっと背の高い、さぞ、もっと若い頃は男性ファンも多かったであろう美人タイプだ。・・・というのが、この食堂の常連ともいうべき当時の男子学生たちの偏見っぽい評価だった。ま、好評であったのだ。
この日はたまたまカウンター席に座ったので、カウンター越しにオバちゃんとお喋りをしながらになった。でも、先輩と二人で定食をガッツクようにして食べながらで・・・、
「昨日はお店閉まってたね?」
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先輩曰く、
「そりゃぁ、決まってるでしょ・・・」
「陽水だよね?・・・オバちゃん」
「ごめんね~、前もって知らせるの忘れちゃったんだよ」
「まあ~でも、もう、みんな分かってるかなと思って・・・」
「え?何?」
「ヨウスイ?」
「そう、オバちゃんが井上陽水のライヴに行くときはお店は臨時休業というわけ」
「オバちゃん!井上陽水のファンなの?!」
「もう大好き!デビューして直ぐくらいからだから10年くらいだね」
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と、オバちゃんは忙しく中華鍋やらフライパンを操りながらもお喋り全開。その脇では、無口なオジさん(オバちゃんの旦那さま)がコツコツと盛り付けをしている。
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こんな具合に、オバちゃんが井上陽水ファンであることを知って間もなくのことだった。FMラジオで通常番組の放送時間を少し延長して特別企画で井上陽水のスタジオ・ライヴが放送された。
おそらく、オバちゃんが語る井上陽水論とFMラジオのスタジオ・ライヴに簡単に洗脳されたのだと思う。数日のうちに、これまでも幾度か登場の船橋市と習志野市の境くらいにあるレコード店へ・・・もちろん、井上陽水の最新アルバムを買いにだ。
井上陽水、1982年のアルバム「ライオンとペリカン」(上の写真)。もちろん、LPレコード盤だ。
<なんだかオトナなアルバムだな~>
夜の男女が色っぽくも上品に描かれている楽曲たちが並べらている・・・というのが印象。(・・・当時の若ぞうの感想だよ。)
その中で、当時の社会状況や世の中を俯瞰的に眺めては少々の皮肉というスパイスを効かせているような楽曲があった。
B面の4曲目、「ワカンナイ」。
宮沢賢治のメモ帳に残されていたという誰もがきっと知っているであろう詩・・・
『雨ニモマケズ 風ニモマケズ 雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ 丈夫ナカラダヲモチ・・・・』
その詩をモチーフに、井上陽水流にアレンジされた歌詞がやや強い調子の音に乗せられて表現されている曲だ。
♪
雨にも風にも負けないでね
暑さや寒さに勝ちつづけて
一日、すこしのパンとミルクだけで
カヤブキ屋根まで届く
電波を受けながら暮らせるかい?
南に貧しい子供が居る
東に病気の大人が泣く
今すぐそこまで行って夢を与え
未来の事ならなにも
心配するなと言えそうかい?
君の言葉は誰にもワカンナイ
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中学生の3年間は図書委員だった。
中学1年生のときに初めて同じクラスになって、
<ステキなコだなぁ>
と、当時のガキが心の奥底に感じてたと思われる女子と一緒の図書委員になった。
(あの~、決して意図的に図書委員になったのではない・・・(汗・笑)。)
明るくて朗らかそうで、バスケットボールが上手で、勉強もできそうで、ちょっと男前なところもある女子・・。
言ったら、無い物ねだり的な憧れからだったようにも・・・。
図書委員は昼休みと放課後に図書室で本の貸し出しと返却に応対する当番があって、当番のときにはこのコと受付カウンターに居るわけなのだけれど、暇なことも多く、かと言って、上手い具合に会話を続けられそうにもないアセリばかりで過ごすようになっていた(汗・笑)。
よく憶えていない・・・何かの切っ掛けはあったはずなのだけれど・・・、まずは、「銀河鉄道の夜」というタイトルだけで本棚から引っ張り出してきたこの作品を、その受付カウンター内で読みながら過ごすことにした。それ以来、宮沢賢治作品を続けて読むようになると、やっぱり賢い・・・このコは、宮沢賢治作品をネタに話題を振ってきて受付カウンター内を和やかな場にしてくれた。
中学2年生の後半くらいだったか、このコは転校してしまった。
図書委員はその後も続けた。
宮沢賢治作品も読み続けた。中学生当時のガキが、宮沢賢治が描く世界のその深くまでを理解していたとは思えないけれど、その言葉や語の音の独特なリズム感が何とも心地好く感じながらページを捲っていったことだけはよく憶えている。
3年生のときには図書委員長になった。・・・なんだか笑える。
井上陽水の「ワカンナイ」を聴く度に、それはこの盤を手にした大学生の頃からその後も、そして現在もそうで、心奥底には微妙な痛みを感じてならない。
つい思慮深くもなく行動する行為や偽善的な振る舞いへの忠告であるようで、これらへの反省を促してくるかのような痛み・・・なのか。それと同時に、中学生の頃のあまりにぎこちない心の奥底をほじくるような痛み・・・もなのか。・・・それはよく「ワカンナイ」。
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