今日の一曲 No.59:チャンス作曲「朝鮮民謡の主題による変奏曲(佐渡裕&シエナ・ウインド・オーケストラ)&ダニー・ケイ

ご無沙汰しておりましたぁ~、「今日の一曲」の第59回目。

 

80年代の前半、新社会人として大人社会の恐ろしさを味わされた後、80年代後半頃から90年に入った頃は、その反撃に出たかのように、「飛ぶ鳥落とす勢い」とまで周囲から囁かれながら20代の若いエネルギーそのままを勢いに仕事人間へとハマり込んでいった。それは苦い経験の後であったためか、他人への信頼を諦めてだった。だから、「仕事が出来る人」などと少しは評価されていたものの、プライベートな時間も含めて、きっとロクな顔つきをしていなかったに違いない。

 

そんな折、テレビ画面にたまたま目を注ぐと、ニューヨーク・フィルハーモニックが妙な音を鳴らしている。客席も笑い声に溢れている。指揮者は主席のズービン・メータではない・・・。

「誰だぁ~?」

「このオッさん観たことあるけど・・・」

・・・

大オーケストラを目の前に、面白、おかしく指揮をする人物は、次々と客席を笑いの渦に変えていく。思わず、テレビ画面に引きつけられて一緒になって声に出して笑ってしまった。

ダニー・ケイ(Danny Kaye)だ。

当時の個人的な認識では、コメディ俳優、そして、国連・ユニセフ親善大使として児童施設などを訪ねながら世界の子供たちと触れ合う活動もしている人・・・というくらいだったけれど。

テレビ画面に映し出されていたのは、後々まで語り継がれることになる1981年のダニー・ケイとニューヨーク・フィルとの共演のショーで、7~8年して再放送として放映されていたのを目にしたらしい。

ショーのある一場面、ステージ上のニューヨーク・フィルのメンバーの何人かにダニー・ケイが出身地を聞いてまわっている。メンバーが出身の国名を応えると、ダニー・ケイがその国でポピュラーとされている童謡や民謡を歌ってみせるのだった。

韓国出身のヴァイオリン奏者のところでだった・・・、

アリラン~、アリラン~・・・・

きれいな旋律をゆったりと流れるようにダニー・ケイが丁寧1フレーズだけを歌ってみせた。幾度か耳にしたことがある聞き覚えのある旋律だった。ただ、朝鮮半島域を代表するような歌であることは、このとき初めて知った。(*歌詞については諸説あるようですが・・・)

ダニー・ケイとニューヨーク・フィルによって創り出された和やかで勝手に笑い声がこぼれてしまうショーを画面越しに視ながら、この時、きっと、自身が失いつつある何かを感じて息を深く吐き出したはずだ。

瞼に熱いものがこみ上げてきたことを鮮明に記憶している。

・・・・

約10年の時を経て・・・。

国内では数少ないプロの吹奏楽団(創設は1990年)「シエナ・ウインド・オーケストラ」が遂に指揮者・佐渡裕と組んで動き出した。そして、1999年、佐渡裕&シエナ・ウインド・オーケストラの演奏を録音したCD が初めてリリースされた。

20歳少し前くらいから現代音楽にも興味をもちはじめて、少しずつ、吹奏楽曲の面白さにも虜になっていた。 

当然のごとく、即購入(上の写真)!

 

このCDの中に、ジョン・バーンズ・チャンス(John Barnes Chance)の1965年の作品で、「朝鮮民謡の主題による変奏曲(Variations on a Korean Folk Song)」が収録されている。

あのとき聴いた「アリラン」の旋律が、冒頭、ゆったりとしたテンポの中、木管群のあたたかな響きを伴ってシンプルに美しく流れ始める。一転、速いパッセージに変奏されたり、金管、打楽器を伴って力強くにも華やかにも変奏されて、テンポやリズム、ダイナミック・レンジも緩急織り交ぜられて次々へと展開されていく。が、そこには優し気で美しい「アリラン」の旋律の源泉が忘れさせまいと確りと残っている。終盤は、大きな拡がりをもって全てを包み込むかのように朗々と高らかに歌い上げられて締めくくられる。

 

当時、長女は小学生で、長男を保育園へ送り届けてから職場へと向かうという生活に変わっていた。我が子、あるいはそれと同じ年齢くらいの子供の姿を目にして眺めては、度々「平和」という文字が脳裏に浮かぶのだった。仕事人間化はあまり修正できていなかったけれど、はしゃぐ子供たちの姿が近くにあって、そのお蔭で、少しは優しい想いを願い、祈る瞬間くらいはあった。

 

更に20年近くが経過した現在、朝鮮半島情勢もそうだけれど、日本の社会も日本人も、随分と危ういように思えて、あまりに見失ってしまっているものが多過ぎるように感じてならない。・・・などと、すっかりオジさんになって胸裏に納め切れずに、ただの独り言として、愚痴を吐く(苦笑)。

 

ユーモアは笑顔をもたらして人々の間に共有感を生む。優しく美しい旋律はその心をほぐして和ませてもくれる。

・・・そんな「今日の一曲」でした。