今日の一曲 No.26:渡辺貞夫「PETIT VALSE POUR SASAO」(アルバム「モーニング・アイランド」より)

「今日の一曲」の第26回目。今回は、渡辺貞夫、アルバム「モーニング・アイランド」から「PETIT VALSE POUR SADAO」を紹介しながらのお話。

 

紹介のアルバムは1979年に出されたLPレコード盤だ。

渡辺貞夫の音楽というと、親しみやすいメロディ・ラインとポップなリズムとアレンジで、ジャズ系・フュージョン系と呼ばれる音楽を日本の広く大衆に近づけてくれた、その入口を切り開いてくれた人かと、個人的には思う。

当時の日本で、アルト・サクスフォンやソプラニーノ(高音域のサクスフォン)を操るジャズ系のサクスフォン奏者と言えば渡辺貞夫だった。ただ、ライヴであったり、このアルバム「モーニング・アイランド」でもそうだが、フルートの楽曲にも手掛けて奏でみせるようになった。

 

ここからは私的な見解であって異論もあるかと思われる。そう思われた方には恐縮ながらご勘弁を願って書かせていただく。決して批判ではない。愛情表現だ。でなければ、「今日の一曲」として紹介しない。

渡辺貞夫は、やはりサクスフォン奏者だ。フルート奏者としての演奏そのもののクオリティは(当時)第一人者とまではなっていない。僅かにではあるものの、不安定さ、たどたどしい一面が演奏の中では覗かせる。

 

でも、今回ここで紹介する曲「PETIT VALSE POUR SADAO(サダオのための小さなワルツ)」はフルートで演奏した曲だ。

「ナベサダ(渡辺貞夫の愛称)」ファンからすれば、ラテン・パーカッションに乗せたサクスフォンの楽曲を好む人の方が多いかと思う。私も「ナベサダ」のこれらの楽曲が好きだ。

が、あえて・・・フルートとそのバックにアコースティック・ピアノ、薄っすらとストリングスが鳴るこの静かなスローテンポの曲を取り上げる。

 

以前、同じく「今日の一曲」で「ハーブ・アルパート」の曲を紹介したが、その頃とほぼ同時期に手にしたLPレコード盤だ。千葉県船橋市と習志野市の境辺りの四畳半一間のモルタル木造アパートに初めて一人暮らしを始めた頃のことだ(笑)。

やっぱり行きつけになった食堂の元気なオバチャンの姿が想い浮かんでしまう。どんなに励みになったか。

夜遅くに、四畳半一間の部屋で一人、ヘッドフォンをしてこのアルバムを聴きながらそのうちにB面に盤を反して、その2曲目を静寂を感じて聴いた記憶がよみがえる。少しだけ大人へ背伸びして魅せたような錯覚をもちながらであったかも知れない。今から振り返ると、そんな恥ずかしさにも笑える。

 

義務教育を含め10年半も学校のお勉強が苦手で背を向けていたヤツが、高2生の夏過ぎてから生き方を変えようとする中で大学受験の勉強にも必死で取り組んだ。奇蹟的に合格。が、入学すると、時間を掛けて身に着けてきた学力ではなかったためか、大学での内容がとても難しく感じて、「さっぱり解らない」という講義も少なくなかった。元々の劣等生には、「何とか出来るはず」という自信がまるでなかった。

 

が、私のラッキーは常に人間関係だ。

「もうダメかも・・・」というギリギリに追い込まれた時に、必ず支えてくれる人が現れる。あるいは、近くにいることだ。

当時の大学生活では、同級生で頭も良く人間的にも優れたヤツが友人と呼べる中に一人にいてくれた。もう一人、一つ上の先輩女子で時折り声を掛けてくれる親切な方がいて小柄な方だったが心の器の大きい人がいてくれた。当時の私には二人とも「救世主」か「女神」か、という存在だったと言える。

 

私は優秀な頭脳もないので、こうした「救世主」や「女神」にはなれないが(まぁ「女神」はどうにも無理か(笑))、せめて、他人の困り事や悩んでいること、心の騒めきを、少しでも耳を傾けて気付いてあげられるような人間になりたいと思ったのは、この頃だ。

「自分にして欲しいことは他人にしてあげたいと考える」ものかと・・・。

 

でだ・・・、「ナベサダ」に戻る。

「ナベサダ」というと、私の中では、静かなフルートの楽曲であるこの曲が一番深く印象にあるのだ。自分でも不思議だ。

音楽を聴いていると、その演奏テクニックや技量に惚れ込むこともあるが、「それだけではない」と感じることも多々ある。テクニックや技量だけに注目すればそれは僅かながら「不完全」に感じても、説明できない何かに魅力を感じ、引きつけられる音楽や演奏に出会うことがある。一つ言えるのは、「きっと、人の心に寄り添う音楽」だ。

 

渡辺貞夫の「PETIT VALSE POUR SADAO」は、そんな当時の私の心に寄り添ってくれていたのかも知れない。僅かながら不完全であるかも知れないが、それでも心に寄り添う音楽、そんな「今日の一曲」を紹介させていただいた。