今日の一曲⑳:ハイドン作曲「弦楽四重奏曲 作品64の5(ブダペスト弦楽四重奏団より)」

「今日の一曲」も第20回目になった。

 

さて、前回、第19回目の「今日の一曲」で、「クラシック音楽は様々聴くがモーツァルト、ハイドン、ベートーヴェンなどの古典のものはあまり好みではない・・・」というようなことを書いてしまったのだったが、「いやぁ〜、失敗した」と思った。

 

なぜなら、今回ご紹介するのはハイドンの曲だ(笑ってごまかすしかない)。

そう、大切なLPレコード盤の存在がここにあるのだった。

ハイドン作曲、「弦楽四重奏曲 ニ長調 作品64の5」で、ブダペスト弦楽四重奏団の演奏のものだ(上の写真)。

勤めていた職場の先輩から、この貴重な盤を、何んと、いただいた。

 

34歳のときだ。これまでの「今日一曲」に書いてきた例の職場だが、離れることを決断した。

 この職場でのことを読まれていない方は、「今日の一曲」の ⑫(12月17日)、⑬(12月27日)を、宜しければ覗いてみていただきたい。

 

結局、11年間勤めて離れることにした。

 

この3年前に、救世主でもあり、この業界で生きる為のあらゆるknow-howを叩き込んでくれた心から尊敬する例の人も、既に定年退職を迎えられて、既にここから離れていた。

現場の長が替わると、かつてほどではないが、またまた落ち着かないことには少しだけなっていた。が、社会人一年目の頃とは違って、お蔭で力を着けさせてもらって、そんなことの殆んど事は解決する力量も備わっていた。大した問題ではなかった。

 

この備わった力量を、少し違う環境で試したくなったのだ。

飛ぶ鳥落とす勢いの若ゾウが少々勘違いをして自惚れながら選択した「無謀なチャレンジ」というわけだ。

どうだ、馬鹿者としか言えないだろう?(笑)。

 

職場の皆と別れる数日前だった。

この先輩職員から「これ、あげますよ。」と、差し出されたのが、この貴重なLPレコード盤だった。

 

1947年の録音のものを、1990年頃に当時のCBSソニーが新技術で実際の音に近づけて復元させた言わば復刻盤のLPレコードだ。確かに、弦楽器の響きに古さを感じないで聴くことができる。ブダペスト弦楽四重奏団の名演がここに再現されていると言って良い思う。

 

ハイドンというと、お堅いイメージもあってあまり好まないのだが・・。お許しを、あくまでも個人的な感覚だ。

音の構成や構造を理論的に追及することを中心に置いて、作品を創り上げていたという。交響曲にしても、今回紹介する室内楽曲にしても、この理論に基づくアレンジ力は響きとしても完璧で見事に感じる。そのチャレンジ精神には情熱があってこそだとも思う。ハイドンという人の存在がなければ、その後のベートヴェンの名曲も、更にその後のアレンジ力・オーケストレーション力でもクラシック音楽の専門家やファンから評価の高いブラームスの作品も生み出されなかったであろう。

 

ハイドンの情熱と功績は認めつつも、そこに計算外の自由さと遊びが無く感じて、いまひとつ、なのだ。

 

が、交響曲などの大編成のものとは違って弦楽四重奏曲のような室内楽のアンサンブルとなると、この精密な音の構成力は、こんな偏見野郎にも心地好さを届けてくれることに気付かされた。当然、ブダペスト弦楽四重奏団のアンサンブル力による響きの良さも相まって心地好さが伝わってきたのだろう。

 

この盤のA面には。作品76-3、別名「皇帝」が収録されていて、これもまた心地好い。が更に、B面の作品64-5、別名「ひばり」とも称されるこの曲からは更なる豊かさを感じ得て心地好い。

 

なぜ、先輩が、これほどまでに貴重な盤をくれたのかは不思議でならない。この先輩、一年目の私が派閥争いを無視していたら干されてしまったときに、私を追い出そうと企んだ側にいた人であった。救世主の登場にその後、彼の心もすっかり入れ替わったのか、生き残るために外見の態度を転じただけだったのかが分からず疑い、あまり近づかなかった。親しくはできなかったのだ。

それがなぜ?・・・という謎は、現在もわからない。

ただ、先輩も、仕事自体には厳格な人で、この部分では学ぶ点は多々あった。ある意味、尊敬できる部分も感じられる人ではあった。

 

いずれにしても、当時の選択が「無謀なチャレンジ」だということは、周囲の人たちも当然思っていたことだろうが、勘違いと自惚れの若ゾウも心深いところでは分かっていたはずなのだ。その証拠に、不安だらけだったことも確りと記憶している。

 

ハイドンの淀みない精密な音の構成の上に成り立った「弦楽四重奏曲 ニ長調 作品64-5(別名:ひばり)」が、勢いだけに任せたチャレンジをしようとしていた若ゾウを、冷静に幾らかばかりか整えてくれようとしていたのかも知れない。そこにある不安も落ち着かせてくれたに違いない。残る記憶の中ではそうだ。

 

「さあ、足を確りと地に着けて、新たな一歩だ。」

と、仕事には厳格な先輩も、ハイドンのこの一曲も、そう伝えたかったのかも。

 

「今日の一曲」の第20回目は、ここまで。