今日の一曲⑥:ホルストの組曲「惑星」

今日の一曲、第6回目は、グスターヴ・ホルスト作曲、組曲「惑星」だ。

 

私は、この組曲「惑星」を聴くと、決まって、想い浮かび上がってくる風景がある。自身が小学4年生の頃、野球のグラウンド場から見上げた夕焼け掛かった空だ。

 

クラシック音楽ファンでなくても、多くの人が、この組曲「惑星」の中の第4曲「快楽の神・木星(Jupitar)」に聞き覚えがあると思う。特に、中間部分のメロディは、テレビ番組のテーマ曲に使われたり、または歌詞が付けられて歌にもなっている。日本でも平原綾香さんが歌った「Jupitar」は、新潟・中越地震後や東日本大震災後の被災者の多くに励ましや勇気を届けたとして、広く知られるようになった。そう、あのメロディだ。

 

私が初めてこの曲に触れたのは、その小学4年生頃だったと記憶する。

当時の私は野球少年で下手クソなくせに野球をするのが好きで、小学校から帰宅するとランドセルを捨てるように部屋の隅に転がして、バットとグローブ、軟式ボールを持って、ほぼ毎日であったであろう、外へ遊びにと駆け出して行った。

大抵は、同級生どうしで集まって近くの野っ原で野球を楽しんだ。この頃、私が住む近所には、空き地であったのか、小学校低学年くらいのガキ(私のこと)が駆け回れるくらいの野っ原があちらこちらにあった。

 

ただ週に一度くらい、近所の6年生・5年生のお兄さんたちから誘いがあって集まるときは少し違った。私より年下もいたので、小学3年生から6年生までの男子14~15人、活発な女子が3〜4人ほど加わることもしばしばで、近所中の小学生が集まるこの時は、自転車をこいで15分ほど離れた野球(軟式)専用のグラウンド場まで行くのだった。

 

 私はこの頃、自転車を持っていなかった。自転車は小学校に上がる前には乗れたので乗れないわけでもなかった。自転車を買ってもらえない家でもなかったとは思う。私から「自転車は別にいらない」と両親に言っていた。自分で不便を感じていなかったのだと思う。友達らが自転車で移動する後を自分の足を走らせ追いかけているのも何だか楽しかったように記憶している。今想うと、妙なガキだ(笑)。

話が脇道にズレて自転車の話になるが、小学5年生の時にある友人のお父さんがそんな私を見かねてか、古く少し小さ目だったが自転車をくれた。とっても恐縮してこの自転車をいただいた覚えが鮮明に私の中に残っている。その友人のお父さんにも、自分の両親にもだ。

 

さて、その少し離れた野球のグラウンド場で野球をすることは少し贅沢な気分であったかも知れない。砂まみれ、汗まみれになって、夢中で野球を楽しんだ。何本ヒットを打ったのかとか、満足にボールをキャッチできたかなどは何も記憶にない。たぶん、活躍はしていなかったと思う(笑)。

 この野球のグラウンド場の周囲は当時、工場やその工場・会社の倉庫などが立ち並ぶ地域にあって、ここで働く人たちや近隣に住む大人が休日の草野球チームで利用するグラウンド場であったようだ。

夕方、薄暗くなり掛けると、6年生のお兄さんが、「もう遅くなるから片付けて帰るぞぉ」と、下級生たちに呼び掛ける。ほぼ同時に決まって、近くの工場(会社の業務終了時間等の合図なのか?)から流れてくる音楽があった。組曲「惑星」の第4曲「・・・木星」の例の中間部分が聴こえてくるのだった。

 

「なんて温かいメロディ」なんだろうと感じた。

「急いで帰ろう」と、夕焼け掛かった空を見上げながら、バットの先にグローブ差し込んでそれを肩に担いだ。皆の自転車の後を追いかけるようにして、またもや自分の足を走らせ家路についた。

 

写真は、高校生くらいになってからレコード店で偶然に見つけて買ったレコード盤だ。私が同曲で現在持っているレコード盤・CDの中では、この演奏が一番の好みだ。ユージン・オーマンディ指揮、フィラデルフィア管弦楽団、1975年11月8日録音と記されているものだ。

少し成長した私は、第2曲「平和の神、金星」、第6曲「魔術の神、天王星」も、曲の構成として面白く興味深く聴いている。

 

まあ、もちろん、当時、野球のグラウンド場から見上げた空が、毎回、夕焼け掛かった空であったわけではないが、私の少年時代の記憶の1コマだ。この程度の脚色はお許しいただきたい(笑)。

 

ホルスト作曲、組曲「惑星」を、砂まみれ、汗まみれの汚い野球少年が見上げた優しい温かな空の風景の記憶と共に、今日の一曲として紹介させていただいた。・・・少しキザだったか(笑)。